アマビエさまって何?
Vol.1 アマビエとは…
はじめに
京都大学附属図書館の「アマビエ」のかわら版。皆さんも1度はネットやニュースで目にしたことがあるのではないでしょうか?厚生労働省が「cocoa」の啓発イラストに使ったり、私たち八千代市の公式キャラクターやっちにも「妖怪アマビエ」バージョンが出来、今回の「八千代台エリアまるっと商店街WEB」では参加店舗に「アマビエやっちシール」も配布されていますね。
コロナ禍になってから頻繁に見かけるようになった「アマビエ」。そもそも「アマビエ」とは何なのでしょうか?
アマビエとは何か?
冒頭の、京都大学附属図書館に保存されているかわら版は「肥後国海中の怪(アマビエの図)」と言います。「肥後国」とは日本が47都道府県になる前の今の熊本県周辺の地域を指します。ちなみに、「かわら版」というのは江戸時代にあった今の新聞のような印刷物のことです。
肥後国の怪とされるアマビエ。八千代中央図書館で借りることが出来る小松和彦・常光徹監修の『47都道府県・妖怪伝承百科』の熊本県の欄にもアマビエが紹介されています。
アマビエは1846(弘化3)年に肥後国の海中に出現し作柄や疫病の予言をした妖怪で、くちばし、鱗をもつ三本足の姿で図示され、瓦版を通して当時の人々に知られた点は、他所でのアマビコ(尼彦)などと共通している。
[小松・常光 2017:281]
「アマビエ」とはどうやら肥後国で出た妖怪で、かわら版で報じられたようですね。「アマビエ」は、コロナ禍で有名になる前には、全国的な妖怪ではなかったのでしょうか?
郵便報知新聞の1882(明治15)年7月10日の記事には、東京の本所という所でコレラ除けとして「あま彦」という怪獣の刷物を配っていた女性がいたという旨の記事が残っています。「コレラ」とは、江戸時代の終わり頃から明治期にかけて流行した感染症のことです。
の湯本豪一氏によると、京都大学のかわら版で有名な「アマビエ」の正式名称は「あまびこ」だとされています。他には「天彦」「天日子」のような表記も見られます[湯本 2002:102]。
「アマビエ」という誤字のものが一番初めに有名になってしまったために、「アマビエ」として広く知られているんですね。では、一番初めの「あまびこ」の例はいつ頃なのでしょうか?福井県でアマビエを研究している長野英俊氏によれば、京都のかわら版が刷られたと考えられる1846(弘化3)年より2年前の1844(天保15)年に記されたとされる『越前国主記』の写本の中にあるものが最古だといいます [長野 2016:4]。「越後国」は、今でいう新潟県周辺を指します。
正式名称とされる「あまびこ」を八千代中央図書館でも閲覧出来る小松和彦氏監修の『日本怪異妖怪大辞典』で引くと、以下の様に説明されています。
あまびこ【天彦、尼彦】 予言する怪異。近世後期から近代初頭にかけてかわら版や護符として流行した。かわら版には、天彦が現れ、災厄の予言とその回避策として自身の絵姿を貼り置くよう告げたことが記され、天彦の図像が描かれる。図像は多様で、人魚や猿のような形状を持つものもある。
(及川祥平 2013:19-20)
つまり、「アマビエ」は予言する怪異である「あまびこ」の誤字表記であり、災厄の予言と回避策に自身の絵姿を貼り置くよう告げた存在です。機械によるコピーの出来なかった時代の誤字が今でも伝わっているのですね。
ちなみに、予言をする怪異には「アマビエ」同様、「あまびこ」から派生したと考えられている、海から現れ発光する越後国福島潟に現れたという「亀女」や、肥後国青島郡に現れたという「アリエ」などがあります。
海から現れたり、発光していたり、足が三本あるといった特徴はみられないけれど「あまびこ」に似ているものには江戸時代中期にコレラを予言した人魚のような妖怪「神社姫」や、19世紀前半から日本各地でみられたという牛から産まれ人間の言葉を話す半人半牛の「件」といったものもいます。
参考文献
及川祥平 2013「あまびこ」小松和彦監修『日本怪異妖怪大辞典』東京堂出版
小松和彦・常光徹監修 2017『47都道府県・妖怪伝承百科』丸善出版
長野英俊 2016「 予言獣アマビコ考–『海彦』をてがかりに」『若越郷土研究』福井県郷土誌懇談会
湯本豪一 2002「第4章 流行病から守ります。」『妖怪あつめ』角川書店